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4月から豊岡市立コウノトリ文化館の指定管理を開始しました
更新日:2015年04月10日 (Fri)


4月から豊岡市立コウノトリ文化館を指定管理します

2015年4月1日より、豊岡市立コウノトリ文化館はNPO法人コウノトリ市民研究所が指定管理することになりまし た。スタッフもすべて市民研究所の職員になります。業務内容は今までと基本的には変わりませんが、コウノトリの野生復帰を含め、人と自然が共生する地域づ くりに関する普及啓発、様々な訪問者への対応をおこないます。また、NPOの特長を活かし、設立当初の設置条例に従い博物館機能を強化します。

文化館内および周辺での環境学習・自然体験プログラム、市民対象の自然観察講座、市民研究発表会など、これまでにないアクティビティを提案しながら、いっしょに学び、いっしょに楽しんでゆきたいと思っています。

指定管理に合わせて、ホームページもまったく新しく生まれ変わりました。新鮮な情報をリアルタイムに発信してゆきますので、どうぞご期待ください。田んぼの学校の記録など、コウノトリ市民研究所のコンテンツの多くは、今後、コウノトリ文化館のホームページに掲載しますのでチェックして下さい。
豊岡市立コウノトリ文化館のホームページはこちら

豊岡市立コウノトリ文化館 館長
NPO法人コウノトリ市民研究所 代表理事 上田尚志




ニホンヒキガエル(ヒキガエル科)


命がけの産卵行動
 
 但馬地方では、ニホンヒキガエルとアズマヒキガエルが生息している。3月上旬、僕はある山間地でニホンヒキガエルの大規模な産卵地を発見した。それは、まるで図鑑の写真をそのまま切り取ったような、とにかくものすごい光景だった。

 標高約400mの山間に作られたコンクリートの小さな古い池。そこには、ヒキガエル独特の数珠状の卵塊が水面を埋め尽くす程に産み付けられていた。それだけでも大きな成果だったが、驚くべきは集まった成体の数だった。

 池の中では、幾つかの成体の群れがおしくらまんじゅうの状態になっている。オスはメスの背中に抱きつこうと必死な様子で、目の前に背中があれば、とにかくオスメス構わず飛びついている。抱きつかれたオスの方は迷惑そうにキュウキュウと鳴いて、「おいおい、俺はオスだ。何するんだ、離してくれ。」とこれまた必死だ。

 何とも滑稽な仕草に見えるが、いやいや彼らはこれでも命がけなのだ。それにしても、ここには一体何匹いるのだろうか?目視できる範囲で数えてみたら、何と百匹を超えているではないか!僕はそれから何時間も彼らの産卵行動を観察した。

 しばらくして、遠くからシャリ、シャリ、という落ち葉の音が聞こえてくるのに気付いた。その音は次第に近づいてくる。何とヒキガエルの足音だった。たくましい体格をしたその成体は、落ち葉のじゅうたんの上を、前足と後足をいっぱいに伸ばしながら力強く真っ直ぐに池を目指して歩いている。目の前のカメラも何のその、悠々と通り過ぎていくではないか。

 その個体は僕に背中を見せながら、池の中に飛び込んでいった。彼らはどうやって池の場所を知り、どこからやってくるのだろう?そんな単純で難解な疑問を僕は突きつけられた。

 それから4日後、そこにはもう彼らの姿は無く、ただ卵塊が幾重にもなって広がっているだけだった。彼らは一体どこに消えてしまったのだろう?彼らの不思議な生態に、僕はこれからも翻弄され続けるに違いない。


写真・文 NPO法人コウノトリ市民研究所主任研究員 竹田正義
(2007年5月26日掲載)

※本稿をもって毎日新聞但馬版「ながぐつ観察記」の連載を終了致しました。興味を持ってご愛読いただいた皆様、ありがとうございました。
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タマシギ
六方田んぼの隠れたアイドル


タマシギ(チドリ目タマシギ科)

 雨の日曜日、六方田んぼ百合地地区の湛水田をまわってみる。今日は工事が休みでダンプも通らない。近くの人工巣塔の営巣コウノトリ見物の人も来ない。そんな静かな雨の朝、安心しきって湛水田に顔を出したのは警戒心の強いタマシギ。しかも色の綺麗な雌が2羽。

 タマシギは他の鳥の雄と雌の関係が逆転したユニークな生態を持つ。雌の方が派手な色をしていて、一夫多妻ならぬ一妻多夫の繁殖を行う。雌はペアとなった雄との卵を産んだ後は、抱卵から先の一切の子育てを父親に任せてしまう。そしてまた別の雄を求めて新しいペアを作る。子育てを分散させることで、水田環境で子孫を確実に残そうという戦略だ。

 タマシギは姿もユニーク。黄褐色の雄もそれなりだが、やはり雌の羽根模様が美しい。茶色の首、胸には黒いV字の模様、それに沿って肩からの白いたすきがお腹の白とつながる。先にゆくほど赤みが増すくちばしがおしゃれだ。そしてタマシギ最大の特徴が大きな目と、それを隈取る白い勾玉模様。半夜行性のシギだから大きな目をしている。昼間は白い隈取りが外敵への威嚇効果になっていると考えられる。

 観察中のタマシギに突然緊張が走った。次の瞬間、黒い影が地上すれすれを高速で飛んだ。ハヤブサだった。3度タマシギめがけて攻撃を仕掛けたが、くぼみにうまく身を隠したタマシギは難を逃れた。どうやらタマシギの目模様もハヤブサの前では効力がなさそうだった。 

 健全な水田環境があって初めて、タマシギが暮らしてゆける。タニシやカワニナ、ミミズ、バッタなどを食べる。田んぼの健全性を知る指標生物として、タマシギは隠れたアイドルと言ってよい。コウノトリを育む田んぼは、他のたくさんの生き物を育むことに他ならないのである。

文と写真 NPO法人コウノトリ市民研究所・高橋 信
※2007年5月13日(日)掲載
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コシアブラ


コシアブラ

セリ目 ウコギ科 ウコギ属

 コシアブラという山菜、タラノメよりも美味しいといろんなところに書いてある。ずっと食べてみたかったが、よく分からない。コシアブラなる山菜がとてもおいしいらしいと知ってから6年が経過した平成17年4月、森林インストラターのSさんに実物を教えてもらった。しかし時期が早くまだ硬い木の芽状態である。どこにでもあるような芽で見分けられる自信はなかったが、匂いだけはしっかり覚えておこうと手で揉んで嗅いでおいた。

 別れたその日のうちに、とある里山公園へ行ってみると、偶然にも先ほど教えてもらったようなものに出くわした。平成16年10月の台風23号災害のために木が倒れて山道をふさいでいる。だから通常手の届かない大木の新芽が手に届く場所にあったのだ。1週間後、再び行ってみると、小さかった芽が大きく膨らみ、ちょうど採りごろで山菜図鑑の写真とそっくりのコシアブラである。さすがに間違いようがない。こうして僕は、念願の山菜を手に入れたのである。
味は濃厚でこくがある。タラノメと同じウコギ科であるがタラノメよりも味が濃い。つまり野趣が強いというか、癖が強い。シュンギクに近いものがある。タラノメよりもおいしいというのはうそではないと思う。てんぷらがいいと書いてあるが、茹でてマヨネーズやドレッシングであえて食する方がうまいと思う。

 一年後つまり昨年の春もコシアブラの倒木はまだ生きていて、再び大量収穫ができた。しかし今年の春はついに枯死してしまっていて、新芽を出してはいなかった。

 一度覚えた山菜は良く目に付くようになる。里山公園をうろつくと結構な収穫がある。 豊岡の里山では4月の中下旬が採りごろ。収穫は、木を痛めないように手の届く範囲の半分ほどにしておきたい。

NPO法人 コウノトリ市民研究所
主任研究員 稲葉一明

2007,4,29 掲載
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ジョウビタキ
北へ帰る里の冬鳥


ジョウビタキ(スズメ目ツグミ科)

 冬の人里で見られる鳥の中で、ジョウビタキはもっとも親しまれている冬鳥の一つだ。名は知らずとも、きっとどこかでその姿や声を聞いているはず。

 秋が深まるといち早く日本に渡ってきて、人家や人工物にも寄ってくる。胸から腹にかけて美しい橙色、黒い翼にワンポイントの白斑が目立つのがオス。尾羽を小刻みに震わせて、「ヒッヒッヒッ」とよく通る声で鳴く。

 ジョウビタキの名はオスの頭に由来している。銀色の頭を白髪に見立て、お爺さんの意味である「尉」(じょう)を充てた。近所のお節介やきのお爺さんのような、いつもそばにいて憎めない存在と言えば、確かにそんな雰囲気を持った鳥かもしれない。

 メスはオスとうって変わって地味な褐色をしているが、翼の白斑はオスと同じようにある。オスが派手な分メスの存在感は薄いが、野鳥ファンにはメスの方が人気のようだ。オスでは黒い顔の中に埋もれてしまうクリッとした目が、メスのチャームポイントになっている。

 越冬中、ジョウビタキは縄張りを持つ。縄張りの領域にはいつも同じ個体が飛び回っては鳴き声を出し、ほかのジョウビタキを寄せつけないようにしている。だから冬の間じゅう、この鳥を同じ場所で見かけることになるのだ。

 ジョウビタキは春が近づくと海に出る。大概の冬鳥は同じように一旦は海を目指す。海にはそうして集まった仲間がたくさんいて、北の繁殖へと海沿いに連れ立って帰ってゆくのである。ジョウビタキがいつの間にか里からいなくなるころ、野山では南から戻ってきた夏鳥たちの歌声が聞こえ始める。

文と写真 NPO法人コウノトリ市民研究所・高橋 信
※2007年4月15日(日)掲載
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カンサイタンポポ:但馬の端っこに生育
カンサイタンポポ キク科





 カンサイタンポポは日本在来の小型のタンポポで、関西以西に普通に生育している。私は京都市で植物の勉強を始めたのだが、京都市にはカンサイタンポポが至る所にあった。だからカンサイタンポポが特別なタンポポであるという思いは全くなかった。
 ところが但馬に帰ってきてタンポポを調べ始めて驚いた。家の回りにカンサイタンポポは一株もない。ほとんど全てがセイヨウタンポポで、わずかにアカミタンポポが見られた。どちらも外来種である。範囲を広げて日高町、旧豊岡市を見て回ったがカンサイタンポポはない。
 やがて、帰化種とは思えないタンポポを見つけたが、そのタンポポは大きなタンポポで、どう考えてもカンサイタンポポではありえない。ひょっとすると但馬にはカンサイタンポポはないのではと思っているうちに竹野海岸でカンサイタンポポを見つけた。それから海岸沿いに調べていくと、点々と見つかった。田結、気比、瀬戸、田久日、宇日、竹野、切浜と海のすぐ近くに大量に生育していた。私の調査では竹野町がカンサイタンポポの西限である。また、海岸線から1kmも内陸に入るとカンサイタンポポは姿を消す。城崎町で数カ所見つけたのが唯一の例外だった。
 海岸沿い以外はどうなのだろうか? 本当にないのだろうか? 山東町から夜久野峠、但東町から小坂峠を越えて京都府に入ると、但東町から登尾トンネルを抜けて京都府に入ると、道ばたにあるのはほとんど全てカンサイタンポポである。山の向こう側にだけカンサイタンポポがあるのはおかしいと思い、但東町で調べてみた。登尾峠、小坂峠の入り口付近を中心にカンサイタンポポを見つけることができた。高橋小学校あたりが境目になっている。同じように山東町、和田山町、生野町で旧国境を調べてみた。それぞれ数カ所でカンサイタンポポを見つけることができた。
 カンサイタンポポは但馬の端っこにへばりつくようにして生育している。そして但馬の中央にはヤマザトタンポポという別の在来タンポポが生育している。そんなことがわかってきた。しかしそれがどんな意味を持つのかはまだわからない。40年ほど前に日高町にカンサイタンポポが生育していたのは上坂規知郎氏の採られた植物標本の存在から確実である。40年間に何が起きたのか興味は尽きない。

追記
 「タンポポ調査2005」では、浜坂町の海岸近くでカンサイタンポポが発見されている。私はその場所に行ってかなりしつこく調べてみた。ヤマザトタンポポはたくさん生育していた。しかしついにカンサイタンポポは見つからなかった。
 「タンポポ調査2005」は、調査の精度を高めるために調査者は頭花を事務局に送るという方式を取っており、送られてきたタンポポは、花粉を顕微鏡で観察されることになっている。カンサイタンポポは、2倍体なので花粉の大きさが揃っている。浜坂町のタンポポの花粉はどう見ても2倍体のものだったそうだ。また探しに行かないといけないだろう。
 タンポポ調査2005では、氷ノ山へ向かう道なのだろう標高1000mくらいの所からもカンサイタンポポが報告されている。本来、タンポポが生育するはずのない場所である。どんな経路かは不明だが、カンサイタンポポの種子が移動したのは間違いないだろう。
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